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源頼朝と島津氏ゆかりの「住吉大社」


日本歴遊記vol.7

 #歴遊旅 #住吉大社 #兎 #源頼朝 #島津忠久 #大阪

住吉大社が鎮座する住吉へ歴遊旅をしてきました。

 

「住吉」は、スミヨシと読みますが、古くは「スミノエ」と読みました。

 

今でも、「住之江」や「墨江」という地名が残されていますよね。

 

この辺りは今よりも海岸部が内陸に入っており、住吉津(すみのえつ)という古代の港でした。

 

住吉津に海神を祀る住吉大社が鎮座して栄えてきました。

島津氏と源頼朝を結ぶ地


※下の画像は、鎌倉の西御門に立つ案内板です。

住吉大社境内には、源頼朝から寵愛を受け頼朝の子を身籠った丹後局(たんごのつぼね)のゆかりの地であるという伝説が残されています。

 

住吉大社HP 住吉っさんの見所「誕生石」

http://www.sumiyoshitaisha.net/grounds/highlights.html

 

正室「北条政子」から逃れるため、逃走中、摂津住吉で産気づいた丹後局は、男児を出産しました。

 

この子が、島津氏の祖「島津忠久」という源頼朝落胤説があるのです。

 

島津忠久って、鎌倉の西御門にある「源頼朝の墓」の奥にお墓があります。

 

源頼朝の墓も、1779年に「島津重豪(しまづしげひで)」が整備したものです。

 

北条政子は大変なやきもちやきなのか、妾に纏わる伝説がいくつも残されています。

 

政子は、丹後局を畠山重忠に殺すよう命じました。

 

畠山重忠は、丹後局を由比ヶ浜に誘い出したが、殺せず見逃しました。

 

島津忠久の「忠」は、畠山重忠の字をとったと言われています。

 

その後、島津氏は、薩摩を根拠地に南九州の守護大名に成長し、全盛期には、九州のほぼ全土を制圧しました。

 

島津氏の家紋の秘密まで迫りたいところですが、ここまでにしておき、住吉大社へ向かいます。

住吉大社について


▼御由緒

住吉大社は、全国に2300社ある住吉神社の総本社で、摂津国一の宮として、崇敬をあつめてきました。鎮座211年、古代より航海の守護神として崇敬をあつめ、王朝時代には、和歌・文学の神として、あるいは、産業・貿易・外交の祖神と仰がれています。

 

悠久の歴史を感じる由緒深い神社です。

御神木「楠」


樹齢1000年を数える御神木

御祭神


イザナギノミコトが禊祓(みそぎはらえ)を行われた際に海中より出現された底筒男命・中筒男命・表筒男命の三神。御三柱を住吉大神と総称しています。そして、鎮斎の神功皇后(シングウコウゴウ)を御祭神としています。

 

①第一本宮:底筒男命(ソコツツノオノミコト)

②第二本宮:中筒男命(ナカツツノオノミコト)

③第三本宮:表筒男命(ウワツツノオノミコト)

④第四本宮:気長足姫命(オキナガタラシヒメノミコト)[神功皇后]

御利益

航海安全、五穀豊穣、商売繁昌、家内安全

神使


住吉大社の神のお使いは、「兎(うさぎ)」

反橋


住吉大社の象徴であります。

御所御前(五大力)


五・大・力と書かれた石を3つ集めて御守にすると願い事が叶うと言われています。

五大力石守は、「体力」・「知力」・「財力」・「福力」・「寿力(命)」を授かります。

初辰(はったっつ)まいり


商都「大阪」らしさあふれる「初辰まいり」は住吉大社ならではの信仰です。日々の生活も商売もずっと成長してほしいという発達祈願に由来します。

 

毎月最初の辰の日にお参りして商売繁昌や家内安全を祈願します。

 

①一番参り:「種貸社(たねかししゃ)」

②二番参り:「楠珺社(なんくんしゃ)」

③三番参り:「浅沢社(あさざわしゃ)」

④四番参り:「大歳社(おおとししゃ)」

 

①倉稲魂命(ウガノミタマノミコト)

御利益:子宝・智恵、資金調達

 

②宇迦魂命(ウガノミタマノミコト)

御利益:商売発達、家内安全

 

③市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)

御利益:美容・芸能、機転・愛想

 

④大歳神(オオトシノカミ)

 

御利益:資金満足、所願成就

住吉巡り。


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